「カラールのおかみさんの鉄砲」 あらすじ
暴動に参加して死んだ猟師のやもめのカラールは、残された息子二人を戦争から守り抜くために、ビルバオ攻防戦のさなかにも息子を人民政府軍に参加させようとしない。近所の人に臆病者と罵られて戦線に出たいという息子を叱りつけるカラールは、神父の中立主義に賛成している。前線からやってきたペドロ叔父をカラールは警戒の目でみるが、ペドロ叔父はは神父を論破し、弟息子に訪れた目的をあかす。ここに隠してある鉄砲が必要なのだ。カラールは戦争にかかわりを持たぬために、亡夫の鉄砲を提供することを拒否する。ところが夜漁に出ていた兄息子が、「ただ汚い帽子をかぶっていただけで」フランコ郡の巡察艇に銃殺されて死ぬ。はこびこまれた息子の死体を前にしてカラールは、ペドロに銃うぃ渡し,自分も前線にむかう。
解説
参考文献 人と思想「ブレヒト」 岩淵 達治 著
清水書院
聖母と娼婦を超えて ブレヒトと女たしの共生 谷川 道子著 花伝社
総統となったヒトラーはロカルノ条約を破棄し、ラインラントに進駐し、再軍備と徴兵制の施行によって失業問題を解決すると、エチオピアを侵略したイタリアとの対立を清算して35年10月ファシズムの枢軸を作った。だがフランスやスペインでは、労働者と中産階級の提携による人民戦線運動が活発になる。
35年2月スペインで、5月フランスで、人民戦線派が選挙に圧勝したが、7月には、スペインの人民戦線内閣に対し、フランコが反乱を起こし、スペイン内乱が始まった。11月には独伊がフランコ政権を承認して露骨な軍事援助にのりだし、フランスでは反ファシズムの大デモが行われ、36年6月に人民戦線内閣が成立したが、国家としては仏英は不干渉政策をとったので、戦局はフランコ側に有利に展開した。ヘミングウェイはじめ、各国の反ファシストたちが国際旅団を編成してフランコ軍と戦った。
ブレヒトは37年6月ー7月にパリで開催された「第三回分化擁護国際作家会議」には、招待状が届くのが遅すぎて参加できなかったが、
声明文を送付し、
ルート・ベウラウを参加させデンマークで絶えず情報を収集しようとしていたらしい。
36年よりブレヒトは、ナチスの恐怖政治下に住む人々の日常生活の断面をスケッチ風に描く連作「第三帝国の恐怖と悲惨」を書き始め、37年3月には直接スペイン内乱に取材した「カラールのおかみさんと鉄砲」を脱稿している。
ブレヒト劇の特色は「寓意劇」(現代のある事件を架空の場に設定されて暗示される。観客はそのたとえを現実の事件におきかえるという知的操作を強いられ、観客を思考させるブレヒトの実験的な劇形式)だといわれるが、このニ作品はブレヒト劇では例外的で現代を扱った作品である。「ビルバオを制圧する将軍たち」という題で書き始められた「カラールのおかみさんの鉄砲」は、スペイン内乱に不干渉政策をとる諸国(イギリス)や、内乱のどちらにも与しないことを信条とする神父(教会)の姿勢への批判が込められている。
